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東京高等裁判所 昭和47年(う)1083号 判決 1977年11月30日

本店所在地

長野県松本市梅ケ枝町一、〇二六番地

商号

平和商事有限会社

右清算人

浜義郎

右同

小岩井勇吾

本籍および住居

長野県松本市沢村二丁目三番五一号

右有限会社清算人(元右会社代表取締役)兼金融業

浜義郎

大正八年四月二五日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、昭和四七年三月二一日長野地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人両名および被告人両名の弁護人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人平和商事有限会社を罰金四〇〇万円に、被告人浜義郎を懲役六月および罰金四〇万円にそれぞれ処する。

被告人浜義郎が右自己の罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人浜義郎に対し、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人西村真人作成名義の控訴趣意書(ただし、第三点を除く)に記載されているとおりであり(同弁護人作成名義の「控訴趣意書訂正および補足書」と題する書面については当審準備手続期日において撤回した。)、これに対する答弁は、検察官中野博土作成名義の答弁書および答弁補充書、検察官粟田昭雄作成名義の答弁補充書にそれぞれ記載しているとおりであるから、これらを引用する。

一、控訴趣意第一点について

所論は、要するに、原判決は、判示第一ないし第三の各所為につき、被告人浜義郎(以下被告人浜という)に対し、法人税法(昭和四〇年法律第三四号)附則第一九条により、改正前の法人税法(以下、改正前の法人税法という。)四八条一項、同法一八条一項を、被告人平和商事有限会社(以下被告会社という。)に対し、改正前の法人税法五一条一項、四八条一項を適用、処断しているが、右各所為に対しては、すでに国税通則法六八条一項が適用されて、重加算税が賦課され、処罰が行われているのであるから、さらに、そのうえ被告人両名に対し、原判決摘示の前記改正前の法人税法を適用して刑罰を科することは、右法条の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるのみならず、憲法三九条、同法三一条、同法一三条に違反するというのであり、その理由を次のごとく敷えんしているので、それらにつき逐次検討する。

(一)  所論は、法令解釈適用の誤りの理由として、法人税法の逋脱犯の成立時期は納期説を正当とすべきところ、租税庁が調査権を活用して、不正行為を発見し、更正決定を行ない、かつ重加算税を賦課することにより、納税義務者の不正行為は、すべて未遂に終ってしまったというべきであり、法人税法上の逋脱犯は成立する余地はない、というのである。

しかしながら、逋脱犯の既遂時期は、期限前の虚偽申告逋脱及び無申告逋脱にあっては法定納期限と解すべきであり、原判示第一の事実にあっては、昭和三八年四月三〇日、同第二の事実にあっては昭和三九年四月三〇日、同第三の事実にあっては昭和四〇年四月三〇日であるから、右各日時以降において更正決定等が行われ、かつ重加算税が賦課されたとしても、逋脱犯の成否には影響しないことはいうまでもないところであり、論旨は理由がない。

(二)  所論は、国税通則法六八条の重加算税は、課税要件、課税額等からすれば、刑罰である罰金としての実質を有するものといわざるをえず、同一の租税逋脱行為に対し重加算税を賦課したうえ、重ねて改正前の法人税法四八条一項、一八条一項、五一条一項に問擬することは憲法三九条に違反するものであるし、かりに重加算税が刑罰でないとしても、憲法三九条の趣旨は刑罰以外にも準用されるべきであるから、やはり憲法三九条に違反するものである、というのである。

しかしながら、重加算税は、刑罰とはその趣旨、性質を異にするものであり、同一の租税逋脱行為について重加算税のほかに刑罰を科しても、憲法三九条に違反するものでないことは最高裁判所昭和四五年九月一一日第二小法廷判決(集二四巻一〇号一、三三二頁)等が説示するとおりであり、被告人浜義郎に対する関係においてはもちろん、現実に重加算税を賦課された被告会社に対する関係においても、前記改正前の各法条をもって問擬することは、憲法三九条に違反するものではない。論旨は理由がない。

(三)  所論は、本件につき前記改正前の法人税法各法条を適用することが憲法三一条に違反する理由としてのべるところは、重加算税という刑罰に類するような制裁を、租税徴収という行政手続によって科すものというべき国税通則法六八条は、憲法三一条に違反するからであると主張するごとくである。

しかしながら、原判示第一ないし第三の所為につき、被告人両名に対し、前記改正前の法人税法各条項を適用、処断することは憲法三一条に違反するものとはいえない(前掲最高裁判所判決参照)。なお、国税通則法六八条が憲法三一条に違反するか否かは、本件につき前記改正前の法人税法各条項を適用処断することが憲法三一条に違反するか否かとは全く別個の問題である。(重加算税の趣旨、性質からすれば、国税通則法六八条が憲法三一条に違反するものではないことは明らかである。)論旨は理由がない。

(四)  所論は、重加算税という苛酷な課税が行われ、なおそのうえ重ねて本件のように懲役刑や多額の罰金を科するのであれば、被告人両名に対し、前記改正前の法人税法各条項を適用処断することは憲法一三条に違反する、というのである。

しかしながら、前記最高裁判所判決の趣旨に徴すれば右の主張も全く理由がない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二点、事実誤認の論旨について

所論は、要するに、被告人浜は、原判示第一ないし第三の所為につき法人税逋脱の故意も、不正の方法により所得を秘匿したこともなかったに拘わらず、これありと認定した原審の措置は事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠、とくに、被告人浜の検察官に対する供述調書三通、同人の大蔵事務官に対する質問てん末書三通、清水信一の検察官に対する供述調書、矢島けさ江の大蔵事務官に対する昭和四〇年一〇月一日付質問てん末書および検察官に対する供述調書、飯沼千昭作成の供述書、丸山光弥の検察官に対する昭和四一年四月一三日付供述調書、および大蔵事務官に対する昭和四〇年九月三〇日付質問てん末書、ならびに国税査察官作成の銀行別手形取立調査書、大蔵事務官作成の八十二銀行松本支店調査関係書類、同新潟相互銀行松本支店調査関係書類、同松本信用金庫中町支店調査関係書類、同三井銀行松本支店調査関係書類等の関係証拠を総合すると、

金融業を営んでいた被告人浜は、被告会社を設立する以前から、手持資金を全部貸倒れが出ることを恐れ、貸倒準備金をある程度作っておかなければならないと考え架空名義、あるいは第三者名義の普通預金口座を設けて貸付金利子等を蓄積していたものであるが、被告会社設立後もこれを改めることなく、本件各事業年度期間中においても八十二銀行松本支店、新潟相互銀行、日本相互銀行、三井銀行松本支店、松本信用金庫中町支店等に三〇余口におよび架空あるいは第三者名義の普通預金口座を設けていたものであり、右預金は、いずれも被告会社の貸金利子収入の一部や右各銀行等に依頼して取立てた手形の割引金を前記貸倒準備金にあてるためにしていたものであり、しかも被告人浜は、右のような貸倒準備金については税務当局がこれを負債として計上することを認めないことを十分承知していたこと、被告会社の公表帳簿の記帳は、被告会社が実名で取引していた八十二銀行松本支店の当座預金口座を中心としたものにすぎず、昭和三八年二月期、同三九年二月期の各法人税申告書に添付された貸借対照表、貸付金明細表記載の公表貸付金については、被告人浜が被告会社の事務員矢島けさ江に命じて、自ら公表する貸付金を特定し、それのみを計上させたものであることが窺われ、また昭和四〇年二月期においても、確定申告書を所轄税務署に提出しなかったとはいえ、被告人浜が前記矢島けさ江に命じ被告人浜の指定した不渡手形のみを貸付金として公表計上させ、被告会社の同事業年度における収支決算が欠損となるよう工作していたことが窺われるのである。また、被告人浜は、被告会社設立当時においても、同社の納税申告手続を担当していた飯沼千昭から、矢島けさ江に起票させいる伝票綴(公表帳簿)をもとに決算を組むと赤字となる旨指摘された際、右飯沼に対し、松本市内の他の同業者の申告所得額との比較において自己の所得額を増加するよう申入れたことが認められるほか、被告人浜は、本件法人税逋脱事件に関する税務当局の査察を受けた際、貸付先に対し、清水信一から借り受けたように査察官に申述するよう依頼するなどして、貸金の存在を隠ぺいする工作にでていることなどを総合すると、本件につき被告人浜に、法人税逋脱の故意があったことはもちろん、前記各銀行に架空あるいは第三者名義で普通預金を開設していたのは、被告会社の所得を隠ぺいするための手段としてしていたことは明白というべきであり、これに反する被告人浜の原審公判廷における供述部分はにわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上によれば、被告人浜が被告会社の業務に関し法人税逋脱の目的をもって、原判示の方法によりその所得を隠ぺいして、原判示第一、第二のように虚偽過少申告をなし、同第三のように法定の申告期限を過ぎても確定申告書を提出しなかったことは明らかである(被告会社の具体的所得、法人税額については後述する)。

論旨は理由がない。

三、控訴趣意第四点法令違反の論旨について

(一)  所論は、まず、被告会社の架空名義の預金口座設定は、銀行取引においては、通常行われていることであって、何ら不正行為と解すべきではないのに原判決が本件の架空名義預金の設定をもって、改正前の法人税法四八条一項の「詐偽その他不正の行為」に該るものと認定したのは、同法条の解釈適用を誤ったものである、というのである。

なるほど、架空名義等の預金口座を設定していたとの一事から直ちにこれが右法条の不正の行為に該ると断定することが誤りであることは所論のとおりである。しかしながら、原判決は所論が指摘するように被告会社が右架空名義の預金をしていたとの一事をとらえて不正の行為と認定したものでないことは原判決自体から明らかであり、被告人浜において本件架空名義の預金をしたのは、被告会社の法人税逋脱の意図で同社の所得を秘匿する手段としてしたものであることは前記認定のとおりであって、右被告人浜の行為が同法条の不正の行為に該ることは明らかである。

(二)  所論は、また、原判決が判示第三の事実において、確定申告書を申告期限に提出しなかったことをもって、改正前の法人税法四八条一項所定の不正の行為に該るものと認定したのは、同法条の解釈、適用を誤ったものである、というのである。

しかしながら、原判決は、所論のいう不申告の事実のみをとらえて同法条のいう「詐偽その他不正の行為」にあたるものと認定したものではなく、法人税逋脱の意図のもとに、被告会社の所得を隠匿するという不正の方法と相俟って、同法条に問擬しているのであり、また、被告人浜が被告会社の法人税逋脱の意図で同社の所得を隠匿していたことは前記認定のとおりであって、所論のような誤りは何ら存せず、所論引用にかかる最高裁判所昭和二四年七月九日判決(集三巻八号一、二一三頁)に反するものでもない。所論は、独自の証拠判断、法解釈のもとに原判決を論難するものであって、当裁判所の採用の限りではない。論旨は理由がない。

四、弁護人のその余の論旨に先立ち、職権をもって、記録を調査し、とくに原判決が挙示する関係証拠を検討すると、被告会社の原判示各事業年度における実際所得金額算定の基礎となった、各貸付金勘定科目所定の金員の中には、後述するように利息制限法を超過する未収利息が一部含まれており、その結果、被告会社の本件各事業年度の実際所得金額が原判示各金額とは異なることとなることが判明した。以上によれば、原判決は、証拠の評価を誤り、被告会社の本件各事業年度における所得算定を誤って、当該各年度において被告人浜が被告会社の業務に関して逋脱した同社の法人税額を誤認したものというべく、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。以下、右の点について説明を加える。

(一)  被告会社の本件各事業年度における実際所得金額の算定は、別表一、二、三、の修正貸借対照表のとおりである。

すなわち、

(1)  昭和三七年二月二八日現在における貸付金は原判決認定によれば三九三万七、五〇〇円とされているところ、このうち利息制限法を超過する利息二六万四三四円は、みなす元本充当額となるので期末貸付金は三六七万七、〇六六円となり、制限内利息五万四、五六六円については期日未到来となるので前受利息として計上すべきこととなる。その明細は別表四の一、二頁に示すとおりである。

(2)  昭和三八年二月二八日現在における貸付金は、別表四の三ないし七頁に示すとおり一、〇二五万六、一五〇円であるところ、前同様みなす元本充当額七八万四、八六五円が含まれているので、期末貸付金は、九、四七万一、二八五円となり、当期貸付金増加額は、五七九万四、二一九円である。そして、利息制限法内の利息のうち期日未到来の未収利息は二万二、二四六円であり、期日未到来の前受利息は二四万四、九六七円(貸金一四万一、六〇一円……別表四の七頁受取手形一〇万三、三六六円)である。

また、繰越利益金の過年度金額は、期首における簿外資産と簿外負債額の変化にともない二、五五三万三、九五四円となり、当期の犯則所得金額は九九七万六、四〇五円となる。

(3)  昭和三九年二月二九日現在における貸付金は別表四の八ないし一五頁に示すとおり三、〇七四万六、七四五円であるところ、前同様みなす元本充当額は、二、四二万五、三七九円であるので、期末貸付金は二、八三〇万一、三六六円となり(二万円の誤差があるのは別表四の一四頁協栄商事において期中二万円元本返済ずみであるのでその金額を減算する)、当期増加額は一、八八三万八一円である。そして、利息制限法内の利息のうち、期日到来の未収利息は、一一万七、五五七円であり、期日未到来の前受利息は五三万六、八七九円(貸金三七万五九八円……別表四の一五頁受取手形一六万六、二八一円-記録三冊三七の九四丁によれば前受利息の合計は六万六、三八一円であるが、これは、末尾の松本土建の前受利息九万九、九〇〇円一日当利息二、七〇〇円、日数三七日が記入洩れであったため、これを加算したもの)である。

そして繰越利益金の過年度金額は、前記の所得の変動にともない三、五五一万三五九円(前期過年度金額二、五五三万三、九五四円に前記簿外所得九九七万六、四〇五円を加算したもの)となり、未納事業税も前期の所得変動により、一一一万一、二二〇円となり、その結果当期の犯則所得金額は、一、八九〇万五、九五〇円となる。

(4)  昭和四〇年二月二八日現在における貸付金は別表四の一六、一七頁のごとく、三、五一九万六、三二一円であるところ、前同様みなす元本充当額は二五三万六、七八八円であり、期末貸付金は三、二六五万九、五三三円であって、当期増加額は三八五万一、三六七円である(右期末貸付金に準公表分一一九万七、九〇〇円を加算し、過年度金額三、〇〇〇万六、〇六六円を減額したもの)。そして、利息制限法内の利息のうち、期日到来の未収利息は二八万五、七八三円であり、期日未到来の前受利息は、三一万一、六〇五円(貸金……二五万一、七八四円別表四の一七頁受取手形五万九、八二一円……三冊三七の九九丁)であって、前受利息は当期二二万五、二七四円減少することとなる。そして、繰越利益金の過年度金額および未納事業税は、いずれも前記の所得の変動により、繰越利益金は五、五六四万六、四〇二円に、未納事業税額は二三一万六、三〇〇円となる。その結果、当期の犯則所得金額は三、二四六万二、〇三二円となるのである。

(5)  以上のとおり、被告会社の所得金額の変更に伴い、同社の法人税も原判示各金額と異なる結果となり、本件各事業年度において被告人浜が被告会社の業務に関して逋脱した同社の逋脱税額は別表五、六、七、に記載するとおりの結果となるのである。

五、よって、刑訴法三九七条、三八二条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件(当審第二回公判期日において検察官によって訴因変更申請され、当裁判所が許可した公訴事実)について、さらに判決する。

(罪となるべき事実)

被告平和商事有限会社は、松本市梅ケ枝町一、〇二六番地に本店を置き金融業およびそれに附帯する一切の業務を営業目的とする資本金一、〇〇〇万円の会社であったが、昭和四〇年四月二一日社員総会の決議により解散し現に清算中のもの、被告人浜義郎は、右解散前被告会社の代表取締役として、その業務全般を統轄していたものであるが、被告人浜は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空名義を用いて貸金業務および有価証券の売買を行ない、その利子、元金、および利益金等を銀行等の架空名義の別途預金に預け入れる不正の方法により所得を秘匿したうえ、

第一、昭和三八年四月三〇日、所轄松本税務署長に対し、被告会社の昭和三七年三月一日から昭和三八年二月二八日までの事業年度の実際所得金額が一〇、〇三万九、七三五円であって、これに対する正規の法人税額が三七一万四、八〇〇円であるのに拘わらず、同事業年度の所得金額が六万三、〇〇〇円で、これに対する法人税額が二万八八〇円である旨を記載した虚偽の確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同事業年度の法人税三六九万三、九〇〇円を免れ

第二、昭和三九年四月三〇日所轄松本税務署長に対し、被告会社の昭和三八年三月一日から昭和三九年二月二九日までの事業年度の実際所得金額が一、九〇八万四、一九九円であって、これに対する正規の法人税額が七一五万一、九〇〇円であるのに拘わらず、同事業年度における所得金額が一七万八、二〇〇円で、これに対する法人税額が五万八、〇〇〇円である旨を記載した虚偽の確定申告書に提出し、もって、不正の行為により同事業年度の法人税七〇九万三、一〇〇円を免れ

第三、被告会社の昭和三九年三月一日から、昭和四〇年二月二八日までの事業年度の実際所得金額が三、二四六万二、〇三二円であって、これに対する法人税額が一、二一八万五、五〇〇円であるのに、法定の申告期限である昭和四〇年四月三〇日を過ぎても所轄松本税務署長に対し確定申告書を提出せず、もって不正の行為により同事業年度の法人税一、二一八万五、五〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示第二の事実につき笹井啓作作成の昭和四〇年一〇月二七日付答申書を追加するほか、原判決が挙示する証拠と同一であるから、これを、ここに引用する。

(法令の適用)

被告人浜の判示各所為は、いずれも法人税法(昭和四〇年法律第三四号)附則一九条により、その改正前の法人税法四八条一項(一八条一項)に該当するが、いずれも所定刑中懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、諸般の状況を考慮し被告人浜を懲役六月および罰金四〇万円に処し、被告会社については、代表者である被告人浜が被告会社の業務に関し判示各所為をしたのであるから、右改正前の法人税法五一条一項四八条一項該当するが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額範囲内で被告会社が現在清算状態に入っている実情等諸般の情状を考慮し、同社を罰金四〇〇万円に処し、被告人浜において自己の罰金を完納することができないときは刑法一八条により金五、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、同被告人に対し同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

昭和五二年一二月二六日

(裁判官 森真樹 裁判官 中野久利 裁判長裁判官東徹は退官につき署名押印することができない。裁判官 森真樹)

別表一

修正貸借対照表

自昭和37年3月1日

至昭和38年2月28日

平和商事有限会社

(注) 当期増減金額欄上段金額は犯則対象金額。以下の事業年度も同じ。

別表二の(1)

修正貸借対照表

自昭和38年3月1日

至昭和39年2月29日

平和商事有限会社

別表二の(2)

別表三の(1)

修正貸借対照表

自昭和39年3月1日

至昭和40年2月28日

平和商事有限会社

別表三の(2)

別表四の(1)

期末貸付金一覧表

平和商事有限会社

昭和37年2月28日現在

別表四の(2)

別表四の(3)

期末貸付金一覧表

平和商事有限会社

昭和38年2月28日現在

別表四の(4)

別表四の(5)

期末貸付金一覧表

平和商事有限会社

昭和38年2月28日現在

別表四の(6)

別表四の(7)

別表四の(8)

期末貸付金一覧表

平和商事有限会社

昭和39年2月29日現在

別表四の(9)

別表四の(10)

別表四の(11)

別表四の(12)

別表四の(13)

別表四の(14)

別表四の(15)

別表四の(16)

期末貸付金一覧表

平和商事有限会社

昭和40年2月28日現在

別表四の(17)

別表五

法人税額計算書

別表六

法人税額計算書

別表七

法人税額計算書

○ 昭和四七年(う)第一〇八三号

控訴趣意書

被告人 平和商事有限会社

同 浜義郎

右被告人等に対する法人税法違反被告控訴事件について控訴の趣意を左記の通り開陳する。

昭和四七年六月七日

右被告人両名弁護人弁護士 西村真人

東京高等裁判所

第一三刑事部 御中

第一点 原判決は単に法令の解釈を誤って適用した違法があり、該違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであると言うにとどまらず、憲法に違反した判決である。

(一)

(1) 原判決は被告人浜義郎(以下、被告人浜という)に対し、法人税法(昭和四〇年法律第三四号)附則第一九条により、改正前の法人税法(以下、改正前の法人税法という)第四八条第一項、同第一八条第一項を、又、被告人平和商事有限会社(以下、被告会社という)に対し、改正前の法人税法第五一条第一項、同第四八条第一項を適用している。

(2) しかしながら、仮りに被告等について、判示各所為があったと仮定しても、既に昭和四一年四月五日、判示第一の所為に関し、国税通則法第六八条第一項により、一二七、二六〇円の、同第二の所為に関し、同法同項により、二八九、〇八〇円の、同第三の所為に関し、同法第二項により、四五八、三六〇円の各重加算税が、行政罰として賦課され、処罰が行われていることは、顕著な事実であるから、原判決が判示各所為に付き、前記に掲記の各法令を適用して、被告等に対し、刑罰を科すことは法の許容しないところであり、この点、原判決は国税通則法第六八条及び改正前の法人税法第四八条第一項の解釈を誤って適用した違法な判決であると言わなければならないのである。

(3) その理由は次の通りである。

(イ) 昭和三七年法律第六六号で国税通則法が施行された以前の法人税法の中には、行政罰と刑事罰との二つが規定されていたのであるが、国税通則法が施行されてからは、行政罰は国税通則法の中に、刑事罰は法人税法の中に、それぞれ規定されるようになったのである。

(ロ) 而して行政罰のうち、故意犯に該当するものについては、前記の通り、重加算税を賦課してこれを処罰することになったのであるが、国税通則法は第六八条第一項および第二項において、その構成要件および処罰等を明定しているのである。

(ハ) 他方、刑事罰として科せられるものは、いわゆる逋脱犯若しくは脱税犯と称せられるものであるが、前記の通り、改正前の法人税法は第四八条第一項および第二項において、その構成要件および処罰等を明定しているのである。

(ニ) ところで、行政罰としての重加算税の賦課は、納税義務者が租税を免れる認識のもとに課税標準計算の基礎となる事実=課税要件事実=の隠ぺい、又は、仮装等の不正行為によって、過少確定申告書を提出したり、又は、確定申告書を提出しなかったことを加罰要件とするものであるが、かゝる場合、租税庁は調査権を活用して、これらの不正行為を発見し、更正決定を行い且つ処罰として、重加算税を賦課するのである。それ故に納税義務者の不正行為は、これにより、すべて未遂に終ってしまったのであるから、かかる所為につき、既遂犯を以って罰する逋脱犯若しくは脱税犯の成立する余地がないのである。

(ホ) 従って国税通則法第六八条により行政罰として重加算税が賦課せられ、処罰が行われた同一行為については、改正前の法人税法第四八条は適用されないのである。

然るに、原判決が本件に付き改正前の法人税法第四八条を適用して処断したことは法令の解釈を誤って適用した違法があり、該違法が判決に影響を及ぼすこと明白である。

(二)

(1) 仮りに然らずとして、若し、国税通則法第六八条により、行政罰として重加算税が賦課され、既に処罰が行われた同一行為について更にその上に重複して改正前の法人税法第四八条が適用される法意であると解されるとするならば、それは憲法第三九条の一事不再理、二重処罰禁止の規定に違反するものであると言わなければならないのである。

(2)蓋し、重加算税は「税」という形式又は名目を用い、且つ租税徴収という手続によっているけれども、その性質は行政罰であり、刑罰であるとまでは言えないとしても、刑罰的制裁としての実質を有するものである。言うまでもなく、重加算税は課税要件事実の隠ぺい又は仮装を要件とし、不正行為という点をとらえて、その反倫理性罪悪性に対する非難をも含めて加えられる処罰であり、単に納税義務違反の発生を防止し、租税収入の確保をはかることのみを目的として科せられる単純過少申告加算税(国税通則法第六五条)や、単純無申告加算税(同法第六六条)の如き行政罰とはその性質を異にし、その構成要件は逋脱犯若しくは脱税犯の構成要件と酷似し、且つその賦課率も不足額の三〇パーセント(同法第六八条一項)又は、三五パーセント(同法第六八条第二項)という、非常に高率なものであり、場合によっては罰金以上に重い財産的苦痛をあたえるものであるから、重加算税は刑罰的実質を有するものであると言わなければならないのである。

(3) 憲法第三九条の規定は個人の人権を高度に保護するアメリカ合衆国憲法の修正第五条にいわゆる一事不再理、二重の危険禁止の規定(何人も同一の行為に付き重ねて生命、身体の脅威=危険=を受くることなし)に由来するものである。従って憲法第三九条の文言も、その制定の趣旨、立法の精神に鑑み、できるだけ国民個人の利益を尊重して成るべく広義に、ゆるやかに解釈、適用して憲法の真精神に副うようにしなければならないのである。それ故に、二重処罰における「二重」及び処罰に関する文言の意味は勿論、一事不再理と言っても、刑事訴訟法にいわゆる一事不再理と言われるものよりも広義に解釈されなければならないのであり、同条にいわゆる「犯罪」とは刑事手続により、犯罪とされた行為に限定して、狭義に厳格に解釈すべきではなく、個人の人権保障、保護の見地に立って広義に解釈し、刑事的処罰を受けた犯罪的行為という趣旨であると解すべきである。従って行政罰である重加算税を賦課されたことは刑事手続により刑罰を受けたこととは異なるから、狭義の厳格な意味では犯罪ではないが、前記の通り、重加算税は刑罰的実質を有するものであるから、重加算税の賦課の対象となった行為は刑事的処罰を受けた犯罪的行為であると言うべきである。

以上の次第であるから、重加算税が賦課された同一の行為について、再び脱税犯として刑事訴追が行われたり、刑罰を科せられるというようなことは憲法第三九条に違反することになるのである。(本条の趣旨は刑罰以外にも準用するを相当とする趣旨については、宮沢俊義・日本国憲法三一三頁を参考とすべきであると思料する)

(4)  に特に重ねて附言しておきたいことは、憲法第三九条の規定は国家権力に対する国民の権利を保障する規定であるから、同条の解釈、特に同条にいわゆる犯罪の解釈、刑罰と重加算税、刑罰と非刑罰との区別は国家権力の側からみた形式的な解釈、区別によることなく、それを訴追され加罰せられる国民の立場から実質的になされなければならないということである。若しそうでないとするならば憲法の真精神が十分に生かされないという不幸な結果を招くことになるのである。

(5) なお、若し行政罰としての重加算税の賦課が、租税徴収という行政手続で科せられるの故を以って、刑罰としての実質を有せず、憲法第三九条の違反にならないとするならば、刑罰に類する制裁を租税徴収という行政手続で科するものであるから、国税通則法第六八条は憲法第三一条に違反するものであると言わなければならないことになるのである。

(6) 更に立法論的にもとかくの問題のある法人税について、苛酷なる課税、徴収が行われ、なおその上に重ねて刑罰が科せられて、実刑および多額の罰金が負荷されるということは、たとえ納税は国民の義務であるとしても、憲法第一三条にも違反することになるのである。

(三)

以上の次第であるから、重加算税の賦課と脱税刑罰とを併科しても憲法第三九条に違反しないとする趣旨の最高裁判所の判例の見解は正当であるとは言い難く、原判決が右最高裁判所の判例に従い、原審弁護人が前叙の併科を以って憲法第三九条違反を理由としてなした本件無罪の主張を排斥したのは、単に法令の解釈を誤って適用した違法な判決であるというにとどまらず、憲法第三九条に違反した判決であると言わなければならないのである。

第二点 原判決は「被告人浜は被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空名義を用いて貸金業務および有価証券の売買を行ない、その利子、元金および利益等を銀行等の架空名義の別途預金に預け入れる不正の方法により所得を秘匿した旨の事実を認定しているが、右は左記に述べる理由により真実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明白である。

(一) 脱税犯はその構成要件から見て故意犯であり、犯罪の成立には犯意のあったことが要件であるが、被告人浜に、本件(判示第一乃至第三の各事実)脱税の犯意、すなわち、所得についての認識、所得を削減して申告することについての認識など、その他、罪となるべき事実についての認識がなかったことは被告人浜が、国税庁や検察庁の取調に対しては勿論、原審公判における供述において、終始一貫して犯意(罪となるべき事実)について否認している事実によって明らかである。(被告人の原審第一回公判供述=記録第三二丁-三三丁=同第五回公判供述=記録第三四九丁-三八八丁=その他省略)

(二) 被告人浜に犯意がなかったことは次の事実により明らかである。

(1) 被告会社は資本金一〇〇万円の極めて小規模の個人会社であること。(証拠として提出されている被告会社の商業登記簿謄本)

(2) 被告会社の会計帳簿組織などが完備されて居らず、組織的経理記録を作成していなかったため、判示第一乃至第三事実の各事業年度の所得が明らかでなかったこと。(証人庄司栄の原審第四回公判供述=第二回証言=)

(3) 被告人浜は被告会社設立以前から個人として金融業務、有価証券取引をしていたのであり、被告会社設立後は被告会社の業務としての金融取引をすると共に他方被告人浜個人として被告会社とは別個に有価証券取引などを行っていたので、被告会社の業務としての取引による収支との間に混同があり、被告会社の所得を明らかに認識することができなかったこと。

(4) 被告人浜は、昭和三八年中頃から昭和三九年中頃にかけて、不渡手形が累積し元利金合せて五、三〇〇万円に上る不渡損を拘えていたのであるから、各年度毎に正確な決算していない被告人浜は右不渡手形を差引いても尚且つ相当の利益があるなどとは決して認識していなかったのである。

(以上被告人浜の原審第五回公判供述)

(5) 要之、被告会社の判示第一乃至第三事実の各事業年度における所得自体が明らかでなかった以上、被告人浜において、被告会社の各事業年度における課税標準額についての認識がなく、過少確定申告であるとの認識などもなかったのであるから、被告人浜において犯意はなかったと認めるべきである。

(三) 被告人浜において犯意があったと認定するためには、被告人浜が被告会社の業務について、別途に二重帳簿を作成し、別途所得を認識していたとか、多額の水増損を仮装して被告会社の決算を偽装していたとか、被告会社の多額の財産を被告人浜個人名義にしていたとか、その他、被告人浜の犯意の否認を覆えすに足る客観的証拠の立証を必要とすべきところ、原審においてはかかる立証は何等なされていないのである。

(四) 被告人浜が被告会社の業務に付き、被告会社の名義を使用することなく、架空名義による銀行等の預金口座を設定し、被告会社の所有する元金、利子および利益等を架空名義の預金口座に預け入れていたことは事実であるが、かかる事実を以って、被者人浜が「被告会社の法人税を免れようと企てた」とか、「不正の方法により所得を秘匿した」ものであると断定し、これを以って被告人浜に犯意があったことを認定しているのであれば、これ亦、次に述べる理由によって、事実を誤認したものであると言わなければならないのである。

(五) 即ち、被告人浜は「被告会社の法人税を免れようと企て」て、銀行等に架空名義預金口座を設定したのではない。被告人浜が銀行等に架空名義預金口座を設定した理由については、被告人浜が原審第五回公判において詳細に供述していることによって明らかなる如く、全く顧客の強い要望によるものであり、被告会社の営業の継続、発展を考慮し、顧客の便宜を図ったためであり、被告会社の法人税を免れることを企図して行ったものではないのである。

右の点に関する被告人浜の前記供述は、経済人の常識を以ってすれば、直に素直に理解し得る客観的合理性のある供述であり、措信されるべきものである。

なお被告人浜が銀行等に架空名義預金口座を設定したことは、法が無記名債権(無記名預金、無記名証券)等を認めている趣旨等に鑑み、これを以って「不正」であると言うことはできないのである。

以上の次第であるから、被告人浜が、被告会社の法人税を免れようと企図し、不正の方法により被告会社の所得を秘匿したとの原審の認定は事実を誤認したものであると言うべきである。

第三点 原判決は、被告会社の実際の所得が、判示第一の年度は九、九六五、八四八円、同第二の年度は二〇、七四七、三四六円、同第三の年度は三〇、一九八、五〇七円であったと認定しているが、右は何れも事実を誤認したものであり、該誤認が判決に影響を及ぼすことは明白である。その理由は左記の通りである。

先づ、誤認がなされた根本的理由について述べ次いで具体的に述べることにする。

(一)

(1) 本件公訴事実として主張された被告会社の各事業年度の実際所得の計算は捜査当局の推計に基き、且つ資産増減法によって算出されたものであり、極めて不確実なものであり、被告会社の実際所得とは著しい懸隔があったのである。

然らば何故に前記のような不正確な計算を行ったのかというと、本件の発端は、税務当局が自ら調査をなし、不審に思って乗り出したのではなく、被告人浜の金融取引先である債務者から、月賦販売の自動車を貸金の担保に差入れていた事実について、被告人浜が物寄蔵の容疑で捜査を受け書類などを押収された中に利息記入帳があり、これが何人かによって税務当局へ通報され、当初から大掛の脱税事件という先入観を以って、利息記入帳を便りに査察が行われたのであるが、被告会社の各事業年度毎に何程の利益があり、何程の利益を隠匿したかということや、被告人の犯意などについて、具体的に立証する証拠を発見することができなかったので、各事業年度の被告会社の財産を個別的に推認集計し、各年度の所得を資産増減法によって推計し、これを以って被告会社の実際所得であると主張するに至ったのである。(原審における証人庄司の供述=前掲)

(2) ところで法人税の課税標準及び各事業年度の所得の計算については、改正前の法人税法はその第八条及び第九条にそれぞれ規定されている。而して右第九条は「内国法人の各事業年度の所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」と規定しているが、その計算方法については具体的に規定していない。現行法人税法第二二条第四項は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとする。」と規定している。右現行法規定の趣旨は改正前の法人税法においても妥当するものであることは言うまでもない。このことは改正前の法人税法第一八条第一項に「各事業年度終了の日から二ケ月以内に確定した決算に基き当該事業年度の課税標準たる所得金額を申告しなければならない」旨を規定し、同第六項に「申告書には命令の定めるところにより、財産目録、貸借対照表、損益計算書、その他、(所得金額の計算に関する明細書)などを添附しなければならない」旨を規定していることによっても明白である。

(3) 而して「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算する」方法として現今(本件発生当時を含む)の会計学上、最も一般的に正確妥当な会計処理として採用されている方法は、いわゆる損益計算法、若しくは損益法と言われる方法であり、法人税法はこの損益法原理の計算方式により計算確定された決算を基礎として、これに対し法人税法の規定に基き「益金に算入しない」「損金に算入しない」「益金に算入する」「損金に算入する」という四つの表現で法人所得を計算し、確定決算に修正し、これに基き課税すべき各事業年度の所得金額を確定し、いわゆる「実額課税」の要請を充足せんとしているのである。

(4) 然るに前叙の通り本件公訴事実において被告会社の各事業年度の実際所得として主張されている額は、前記損益法に基く計算方式によって計算された額でなく、推計による財産(資産)増減法によって計算された額である。いわゆる財産増減法による計算方式は原始的な計算方法であって、最も拙劣な方法であり、これにより正確な所得を把握することが極めて困難であることは言うまでもないところである。

(5) ところで財産(資産)増減法は、いわゆる推計課税を行う場合の一方法として用いられる計算方法である。法人税法の課税標準となる所得は、収入、支出の実額を捕捉して算定するいわゆる実額調査によって直接的に認定しなければならないのである。

改正前の法人税法には推計課税を認める規定はなく、現行法人税法第一三一条において推計課税を認める場合を限定し、且つ推計の方法を明示して、これを許容するに至ったのである。即ち、現行法人税法第一三一条は「税務署長は内国法人に係る法人税につき更正又は決定する場合には、内国法人の提出した青色申告書に係る法人税の課税標準又は欠損金額の更正をする場合を除き、その内国法人の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量、その他の取扱量、従業員、その他の事業の規模により、内国法人に係る法人税の課税標準(更正する場合にあっては課税標準又は欠損額)を推計してこれをすることができる」と規定しているのである。(本件判示第一乃至第三の各事業年度については現行法人税法の適用はない)

(6) 前叙の通り被告会社の判示第一乃至第三の各事業年度の所得に付き推計課税が行われたことの法律問題については後に述べることにしても、何れにせよ、財産(資産)増減法は、あくまで例外である推計課税における推計の一方法であり、課税年度の期首と期末の資産および負債を比較して算出された純資産の増加額に法人税課税の場合は、その年度内の資本の増減を除外し利益処分として法人が社外に流出した金額を加算したものを課税所得とする方法であるが、それは、資産、負債を構成する数量、金額認定の当否、資産帰属主体の認定の当否などが適確に捕捉されていることが必要であり、資産の評価、算定は正確であるか否か、資産の取得資金がその年度の所得で賄われているのかどうか(所得以外の資金、たとえば借入金などによって取得したものかどうか)他人名義となっている資産が果して本人のものであるのか否か等一般的経験法則により、直接証拠、間接証拠に基き客観的、合理的に判断され、可能な限り、実額課税に最も近接した事実の認定によるべきことが要請されているのである。

(7) 然るに本件においては前叙のような経緯により被告会社の各事業年度の所得額の算定が合理的になされず、始めから、大掛りの脱税事件であるとの通報により頭から脱税の観念で調査が始められたのであり、調査官が大掛りの脱税という先入観に捉われているのであるから、被告人浜の弁解も十分聞き入れず事物の真相を公正に識別せず、被告人の個人資産、個人所得も、被告人の妻の個人資産、個人所得も被告会社の資産に計上され、且つ貸倒れ、回収不能の債権も資産に計上して、これを被告会社の実際の所得であると認定して本件公訴が提起せられたのである。

(8) 右事実は公訴提起後、公訴事実について度々起訴状の訂正や訴因の変更が行われた事実や原判決によって一部否認された事実などに徴しても明らかである。

(二)

(1) 原判決は(検察官主張の勘定科目中、貸付金および有価証券についての当裁判所の判断)と題する部分において、「当裁判所は、右勘定科目について次に指摘するものの外は検察官の主張を相当と認める」として、「貸付金」について判示の通り検察官の主張を一部否認したが、「有価証券について」は判示の通り、検察官が被告会社の資産ではなく、被告人浜個人の資産であると主張しているものを被告会社の資産として認定し、被告人らの主張は殆んど認めなかったのであるが、これは原判決の事実誤認によるものである。

(2) 検察官が被告会社の各事業年度の実際所得であると主張する課税標準額は、税務当局が確たる証拠もなく、客観的に合理性のない推測によって計上したものであることは原審における証人庄司栄の供述および検察官の提出に係る査察の概要書によって明らかである。推計して法人税を課することができるとしても、推計された所得金額を、そのまま犯罪事実として認定することは誤認を招くことになるのである。検察官は推計方法を立証しているけれども、推計方法を立証しても犯罪事実を立証したことにはならないのである。推計によって得た個々の所得について、更にその所在、金額ならびに脱税のための不正行為と被告会社所得との因果関係が立証されなけば犯罪事実として認められないのである。

然るに原判決がかゝる検察官の主張を大部分認めたということは罪となるべき事実を誤認したものであると言わなければならないのである。以下この点について更に次の通り詳述する。

(3) 如何に逋脱犯が税法の定めた特別犯であるといっても、刑法総則三八条の適用がある以上、推定によって計算した所得金額について被告人らが所得の所在を認識し、その所得が現実に被告人らにおいて自由に処分することのできる財産を構成しているとの事実並びにその所得が法人の業務から生じたとの因果関係についての認識があったとの裏付けとなる証拠がなければ、刑事犯として刑罰を科することはできない。検察官が原審において、推計方法によって得た所得のうち被告人らの自由に処分することのできる財産としてその所在を立証し得たのは、僅かに銀行預金、受取手形だけであって、期末資産の大部分の金額を占める貸付金、有価証券の如きは推計方法を立証しただけで、被告会社の所持していた五千三百数万円に上る不渡手形が最終的に会社の自由に処分可能な財産となって、何程の税を免れて逋脱犯を既逐ならしめたかということは立証されていない。単に税務当局の恣思によって各々の税金を免れたとの推定であり、推計方法だけを立証して犯罪事実を証明したものということはできないのである。

(4) 原審における証人庄司栄は、被告会社には各起訴事業年度の金額を明らかにする組織的経理記録がなかったから、各期末現在における資産状態を調べ、前期末との資産差額をその期の所得金額とするいわゆる資産増減法によったので、貸借対照表が唯一の証拠であって、損益計算書は附随的説明資料に過ぎないと証言しており、検察官もその旨を明らかにしたのであるが、しかし、検察官の提出した査察の概要書一一六頁、一三六頁、一六一頁によれば、資産増減法によって所得高を計算したのは、昭和三八年二月二八日に終了する事業年度と、昭和三九年二月二九日に終る二期分だけであって、昭和四〇年二月二八日に終る事業年度分は、税務当局において、松本警察署が被告人浜を別件の刑事犯として取調べたとき発見した受取利息明細簿があるとの通報を受け、これを査察官が写真に写したものによって、昭和三九年三月一日から昭和四〇年一月二三日までの利子収入額三八、九七五、四七〇円、更にこの実績から推定した一月二四日から二月二八日までの収入利子額四、二六四、六二〇円を加えた四三、二四〇、〇九〇円を基礎として計算した当期利子収入額四三、九三一、二四六円とした損益計算書による当期所得額三二、八九六、一〇〇円を貸借対照表の当期利益金にそのまま計上し、各個別に裏付できた銀行預金を始め、借方、貸方の各科目金額を記入し、借方不足となった三四、三四六、三二一円については過去の債権で根基のない不良債権を埋合せて、単にバランスさせた貸借対照表であって、被告会社に完全に帰属し又は帰属すべき期末資産の増減によって其期の利益計算をする資産増減法によって得た利益を犯則利益とした真正な意味の資産増減法によったものでないことは、概要書一一六頁、一三六頁、一六一頁の記載によって明らかである。

なお、前年度、前々年度から不渡になっていた莫大な不渡手形債権(貸付金)が、前年度および前々年度に計上されず、突如としてこの年度に計上されていることは不可解である。

(5) このことは、昭和三八年二月二八日、同三九年二月二九日に終る事業年度についても言えることであって、期末資産の大きな部分を占める貸付金の計算において、支払期日を経過した不渡手形が調査期日までに現実に支払われたとの事実を裏付ける調査をしないで、債務者について唯債務の有無だけを取調べた聴取書を証拠として貸付金に加算して貸借対照表を作成していることは、査察の概要書三一頁-三三頁別表で高橋今朝人以下五件三、五八八、八三五円、同三六頁-四四ノ二別表で伊藤公一以下二九名の債権合計一三、六三〇、四九五円を加えたために、昭和三八年二月二八日終了の事業年度の損益計算書作成に当って、当該年度の収入利子金額を五、四一五、四七三円だけしか確認できなかったのに、その三倍に余る一六、五九八、五六二円と推定しなければ貸借対照表の当期利益金額と符合しなくなり(査察概要書一一六頁参照)、また昭和三九年二月二九日に終る年度においても受取利息を一二、一〇八、五〇四円だけしか確認できなかったのに犯則利子収入を倍に近い二三、九〇六、二三八円と推定しなければ貸借対照表の利益金額と一致しない結果となっている(同一三六頁参照)ことで明らかである。

(6) これを要するに資産増減法にせよ、収入利子を基礎とした損益計算書によったものにせよ、本件起訴による犯則事実たる犯則利益と称するものは、被告会社が自由に処分することのできる真実の利益を把握しないで形式的な外形資産とを混同して犯則利益を計算したために、被告会社が三事業年度を通じて五千三百万円に余る不渡手形を所有し、被告会社は到底回収の見込みがないので抛棄した事実を検察官はよく知っているのに、法人税の課税標準となる各事業年度の利益計算は年度主義によって計算されるから、その不良債権の抛棄損失は抛棄年度の損失で犯則利益には影響はないと論証しているけれども、事業年度主義というのは納税義務者の多年に亘る継続的事業所得を計算する場合の原則であって、被告人らが幾何の利益を免れて国家に何程の損害を与えたかという犯罪事実を確認する場合の計算方法として資産増減法による場合の不渡手形は、それが現金化されて犯罪者に真実の利益をもたらしたかどうかを調査確認して、その年度の犯則利益を計算せねばならないことは、不渡手形はすべて現金化するものとの見込によって刑事責任を科することはできないという当然の事理であって、検察官が租税を課する場合の事業年度主義の課税原則と、刑事責任を科する場合の犯罪事実を確認する場合の資産増減法とを混同して不渡手形を抛棄した事実は認めるが、それは抛棄年度の損失であって犯則の消長には関係がないとの主張は見当違いの議論であって抛棄した不渡手形は、抛棄すべき原因が不渡手形となった当時からすでに存在していたのであるからその不渡手形金額の現金化された事実を立証できないならばこの手形金額は支払期を含む事業年度の欠損としてこの金額は犯則利益から当然控除して犯則事実たる各事業年度の利益計算をなさなければ真実に税を免れた逋脱犯の構成要件は充足されていないのであるからこれを犯罪事実として認定することはできないのである。

(7) 不良債権の抛棄損失は抛棄年度の損失であり、その年度で損益を計算すればよいという考え方は単なる税金の支払、不払という金銭面だけの観念に捉われた見解であって、それを脱税であるとして告発され起訴され刑罰を受けるということになることは重大問題である。税金という金銭面では抛棄損失が認められず納税をしても次年度で損失として認められれば金銭的には或る程度損得なしとして清算され救われるところがあるけれども、それが脱税であるとして刑罰を受けると言うことになると、次年度で損失として認められたからと言って刑罰は取り消して貰えないのである。このような企業会計の技術的便宜、これに基く税金徴収のための技術的方法、手段のために、刑事裁判を受け、実刑を科せられたり、莫大な罰金を科せられることが若し安易に考えられているとしたら由々しき重大問題であると言わなければならないのである。

(三)

(1) 被告人浜の原審における供述(第五回公判)によって明らかな如く、被告人浜は貸付金については利息制限法の制限を超過する利息(日歩二〇銭から最高日歩二七銭)を受取っていたものであるが借主に対する当初貸付の際は利息を前払で受取っていたが、貸付手形を書替えて貸付を継続する場合又は借主に別途支払能力がない場合は利息は前の手形金額に加算した金額を額面とした新しい手形を受取っていたのであり約五、三〇〇万円の不渡手形のうち約五、〇〇〇万円の約束手形は何れも右利息制限法の制限を超過する利息金が各手形の額面のうちに含まれているのである。その五、〇〇〇万円のうち約四、〇〇〇万円が利息分であり、その利息分のうち利息制限法の限度内の分が約七五〇万円であり残余の三、二五〇万円が利息制限法超過の利息分であり未収利息である。而して利息制限法超過の未収利息は課税の対象とすることができないものであることは最高裁判所の判例の示すところである。(昭和四六年一一月九日、同四六年一月一六日、第三小法廷)然るに原判決はこれを控除することなく被告会社の所得であると認定しているのである。

第四点 原判決には法令違背があり、該違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(一) 改正前の法人税法第四八条第一項は「詐偽その他不正行為により」と規定している。「詐偽、その他不正行為」とは、帳簿書類への虚偽記入、二重帳簿の作成等を指称するのであって、「架空名義の預金」設定は控訴趣意書第二点においても述べた通り無記名預金、無記名証券などが法律上認められていることおよび架空名義預金は世上往々にして行われているところであって、社会通念上、これを以って「詐偽、その他不正行為」に該当すると解すべきではないのである。

又、脱税犯の実行行為は詐偽その他不正行為が積極的に行われた場合に限られるのであって、不申告等不作為による場合はたとえ脱税の犯意を伴う場合であっても、これを含まないと解すべきである(最高裁判所昭和二四年七月九日判決、刑集第三巻八号一二一三頁参照)。

従って本件は改正前の法人税法第四八条第一項の構成要件に該当しないものであるのにかゝわらず、これを構成要件に該当するものとして、同法を適用して処断したのは法令の解釈を誤って適用した違法な判決であると言わなければならない。

(二) 犯罪事実の認定は証拠によって行われなければならないことは言うまでもない。控訴趣意書第三点において詳述した通り、原審において検察官は推計の方法については立証しているけれども犯罪事実を立証していない。原判決摘示の証拠は本件犯罪事実としては証拠不十分であると言わなければならないのである。然るに原判決がその摘示の証拠によって本件犯罪事実を認定しているのは、改正前の法人税法第四八条第一項の解釈を誤ったか、又は採証の法則を誤ったか、若しくは審理不尽、理由不備の違法があると言わなければならないのである。

第五点 原判決は被告会社を罰金四五〇万円に、被告人浜を懲役六月(二年間執行猶予)および罰金五〇万円にそれぞれ処断した。

控訴趣意書第一点乃至第四点の各主張が容認されないとするならば、原判決の刑の量定は不当であると言わなければならないのである。

(一) 控訴趣意書第一点乃至第四点において述べたところは凡て茲に量刑の情状として引用するものである。

(二) その他、被告会社は約五、〇〇〇万円以上の回収不能の貸倒れによって経営不能に陥り既に解散している。

以上

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